9.11から25年、大規模監視の終わりを
原題: 25 years of mass surveillance is enough
なぜ重要か
AIと民間データ産業の融合で大規模監視の精度・範囲が急拡大しており、制度的な歯止めの議論は日本を含む各国でも避けられない段階に来ている。
セキュリティ研究者のBruce SchneierとEFFのCindy CohnがLawfareに共同寄稿し、9.11テロ後に拡大した米国の大規模監視体制を批判した。NSAによるインターネットバックボーンへの盗聴からICEの市民監視、FBIのデータブローカーからの個人情報購入まで、監視の対象と手法は国家安全保障を超え日常的な法執行に浸透していると指摘している。
9.11から四半世紀が経過した今も、米国の大規模監視体制は拡大を続けている。SchneierとCohnは、個人を対象とした従来の盗聴令状や通信記録取得命令から、インターネットバックボーンのタッピングや電話・ネットメタデータの一括収集へのシフトが、テロ対策という当初の名目をはるかに超えて制度化されたと論じる。
現在、大規模監視は日常的な法執行ツールになっている。ICEは移民摘発だけでなく、抗議活動を行う市民の監視にも利用。Madison Square GardenなどのFlock社製ナンバープレート読み取りシステムのような民間システムとの連携も深まっている。
問題の核心は「監視資本主義」との連鎖だ。GoogleやFacebookが商業目的で収集するユーザーデータが、NSAや地方の警察にも流れる構造が確立している。さらにFBI長官のKash Patelは議会証言で、同局がデータブローカーから米国民の情報を購入しており、今後も継続する意向だと認めた。
2013年のEdward Snowden暴露で公になったNSAの内部資料には「すべて収集し、すべて処理し、すべて把握する」という方針が記されていた。この発想が国内監視にも応用され、AIの活用拡大でその精度と規模は増す一方だ。
しかし国家安全保障コミュニティは、これらのプログラムのコスト対効果を公に示したことがない。NSAはテロ阻止の成果例を提示してきたが、外部の精査にことごとく耐えられなかったと両者は指摘する。効果が仮にあるとしても、市民の自由や資源配分とのトレードオフを正面から論じるべき時期だと主張している。