ブルガリアのApple IIクローン「Правец」の歴史
原題: A communist Apple II and fourteen years of not knowing what you're testing
なぜ重要か
東西冷戦期における技術移転の実例として、現代のAI開発競争とは対照的な逆工学の手法を示している
1979年、ブルガリアの技術者イワン・マランゴゾフがソフィアの研究所でIMKO-1を開発。これはApple IIの完全クローンで、ROMと回路図が同一、6502 CPUも1MHzで動作した。後に「Правец 82」として学校で広く使用され、大文字キリル文字のみサポートする特殊仕様だった。
ブルガリアのコンピュータ史において重要な出来事として、1979年にソフィアの技術サイバネティクス・ロボティクス研究所(ИТКР)の技術者イワン・マランゴゾフがIMKO-1を開発した。これは事実上Apple IIの完全クローンで、ROMと回路図が元機と同一、6502 CPUも同じ1MHzで動作していた。
外観面では金属ケースを採用し、重厚な線形電源を内蔵していたが、最も特徴的だったのは文字表示システムだった。7ビット文字コードを使用し、キリル文字が小文字ラテン文字と重複する仕様のため、大文字のキリル文字のみをサポートしていた。これは技術的制約であると同時に、「一度に一つのアルファベットのみ」という設計思想を反映したものだった。
後に「Правец 82」として製品化され、黄色いプラスチックケース、黒いキーボード、赤いリセットキーを特徴とし、ブルガリアの学校で広く使用された。筆者は1987年に小学4年生でこの機種に初めて触れ、BASIC言語でリサージュ図形を描画するプログラムを体験したという。
この開発背景には、当時の東欧圏における西側技術の逆輸入という複雑な事情があった。